こんにちは、「描く銭湯」の塩谷歩波と申します。
普段は小杉湯スタッフとして番台やお風呂の準備をする一方で、「銭湯図解」というイラストを描いています。銭湯図解は、浴室(主に女湯)とお風呂でくつろぐ人の様子を、「アイソメトリック」という建築図法と水彩で描いたイラストで、enyahonamiの名義でネット上などで発表しています。



この銭湯図解を描き始めたきっかけは、前職での休職経験です。
小杉湯で働き始める以前は、早稲田大学で建築を学び、都内の有名設計事務所に勤めていました。いずれ海外に通用する建築家になることを目指して頑張っていましたが、仕事があまりに忙しく、だんだんと体がついていかなくなり、休職することになりました。
そんな中、医師に湯治を勧められ、遠くの温泉に行く体力がなかったためまずは手近な銭湯に通い始めたところ、びっくりするほど体と心の調子がどんどん良くなりました。すっかり良くなった頃に「銭湯へ恩返しがしたい」と思い立ち、建築設計で身につけた技術を生かして銭湯のイラストを描き始めたのが銭湯図解の始まりです。
SNSを通して銭湯図解を発信したところ、たくさんの反響をいただき、それがきっかけで小杉湯に転職しました。2016年の11月から描き始めて早1年、今や銭湯図解は約30枚になります。今では個人SNSでの発信のほか、webメディア『ねとらぼ』、雑誌『旅の手帖』で銭湯図解の連載も行っています。
“銭湯のあるライフスタイル”にまつわる連載の第1回目として、自己紹介も兼ねて「銭湯図解のできるまで」を紹介したいと思います。
銭湯図解ができるまで
「銭湯図解ってどうやって描かれているんですか?」
銭湯図解について、一番よく聞かれるのがこの質問です。銭湯図解の制作は大まかに取材、下書き、ペン入れ、着彩の4工程に分かれます。各工程の所要時間はこれぐらい。
- 取材 2.5時間
- 下書き 10時間
- ペン入れ 3時間
- 着彩 6時間
着彩後の文字入れも含めるとだいたい24時間。銭湯図解1枚を描くのに丸一日かかる計算ですが、仕事の合間や番台の最中に少しずつ進めているので、実際は2週間以上はかかってしまいます。
①取材
銭湯のご主人から依頼をいただいたり、こちらから取材の申し込みをして、開店の1~2時間前に取材に伺います。開店前に測量、写真撮影、動画撮影を行い、開店後にインタビューをするのが基本的な流れです。

銭湯の図面の写しをいただけることもありますが、たいていの場合は3Mメジャー(左下)とレーザー測定器(左上)で測量。レーザー測定器はレーザーを照射するだけで20mまで測ることができる超優れものです。浴槽の高さやタイルの幅などの小物類はメジャー、浴室の高さや全体の奥行きなどはレーザー測定器を使います。測量結果はノートの中に簡単にメモ。このメモを細かく書かないと後で苦労することになります……。


写真はできるだけ多く撮ります。一軒あたり300枚ぐらいですが、興奮して700枚撮ってしまうこともあります。「萩の湯」では、5月中旬のリニューアルオープンセレモニーと、ねとらぼ用の撮影で2回撮影に行きました。




測量、撮影後はご主人にインタビュー。銭湯の歴史やご主人の銭湯への思いを伺います。色々な銭湯でお話を聞いてきましたが、今までで一番濃厚な取材だったのは、銭湯マニアが恋する銭湯・三重県の「一乃湯」さんです。(http://ichinoyuiga.com/)たっぷりとインタビューさせていただいた後に夕飯もご一緒させていただき、さらに翌日には車で伊賀と伊勢神宮の案内もしてくださいました。すごすぎる……!

一乃湯図解は、湯どんぶり栄湯図解の後に制作予定! 年内には発表できると思います!
②下書き

図面、測量結果を元に下書きを始めます。紙は普通のA4ルーズリーフやコピー紙。消しカスが出ない練り消しと、0.9mm・2Bのシャープペンシルがお気に入りです。
実は、銭湯図解は全部縮尺を決めて描いています。例えば、萩の湯は1/90。女性の身長は165cm、男性は175cm前後で揃えています。適当でもいいじゃんってところですが、縮尺をちゃんと合わせて正確に描くところが一番燃えるポイントなので、極力リアルに作っていきます。
正確な縮尺を描くのに大助かりするのが三角スケール(中央の白い棒)。1/30、1/50、1/100などの縮尺に分かれた定規です。そして直線を描くのに優れものなのが、好きな角度に設定できる勾配定規(右下の三角定規)と、垂直の線が引きやすい五寸法師(右上のL字定規)。下書きは定規で直線をどんどん引いていきます。

描き始めてから4〜5時間後。右下に寸法のメモがあります。これは新宿のスーパー銭湯「テルマー湯」で作業中の時の写真。休日に一気に進めたいけれどもお風呂でゆっくりしたいという欲求から最近はスーパー銭湯に朝から篭って、お風呂→図解作業→お風呂→図解作業というように過ごしています。
ちなみに、Wi-Fi・コンセントが完備していて作業しやすいスーパー銭湯、もしくはサウナ施設は以下の通りです。お風呂の合間の作業は本当に進みが良くてオススメです。
- ロスコ(駒込)
- テルマー湯(新宿)
- なごみの湯(荻窪)
- RAKU SPA(鶴見)
- スカイスパYOKOHAMA(横浜)
- タイムズ スパ・レスタ(池袋)

施設が広く色々な設備があるので、萩の湯図解はいつもよりも時間がかかりました。仕事の合間や番台中、さらには高円寺阿波踊り観覧の場所取り中にもちょこちょこ進めます。
③ペン入れ

次の工程はペン入れ。ちょっと手間はかかるけど、水彩紙に耐水ペンでトレースしていきます。写真の白い台はLEDのトレース台。パネル全体が光り、その光でトレースすることができます。


水彩紙はぶ厚いのでちょっと見にくいですが、背面に敷かれた下書きを確認しつつ、せっせと進めていきます。以前は水彩紙に直で下書きをしていましたが、消しゴムを何度もかけて紙が痛んでしまうので、途中からトレース台でペン入れをするようにしました。


紙が痛まないので、トレース台で仕上げた方が鮮明な色味を表現できます。

下書きの時は大まかな形しか取らないので、ペン入れの段階で細かいタイルや人の表情を描き加えていきます。細かく描き加えれば描き加えるほど、どんどん絵がリアリティを帯びていくところに興奮を覚えます。



④着彩

最後は着彩作業! 色が鮮やかに出るのでウィンザー&ニュートンの絵の具をいつも使っています。水彩は淡さや滲みを作るのが得意なので、お湯の表現にはうってつけです。

水彩の前には紙がデコボコにならないように、水貼り(水彩紙に水を染み込ませた状態で木パネルなどに固定すること)を行います。どういう訳か水貼りでたいてい失敗するので、原画を見ると端のところが破けていたりします。

番台中や仕事の合間にちょっとずつ色を乗せていきます。番台中に作業をしていると、常連のおばあちゃんからよく美味しいものを貰います。この日はミルクキャラメル。
タイルの色一つ一つにこだわって色を再現していくのが楽しいです。あとは影を描くところ。影や、細かい部分まで色を乗せることでリアリティが生まれる。“そこに実在するように感じる”絵を描く瞬間が楽しくてしょうがないです。



銭湯図解は、昔の自分のように頑張りすぎている人に、銭湯という場所があることを伝えたい、という思いで描いています。細かいし手間もかかる作業ではありますが、よりリアルさを求めることで“そこに行った気持ちになれる”ように感じていただければ、と思っています。
初回は挨拶がてら銭湯図解の紹介をさせていただきましたが、今後は自分の私生活も含めて“銭湯のある暮らし”を連載で発信していきますので、よろしくお願いします!!
ひだまりの泉 萩の湯
銭湯図解URL |
えんやの銭湯イラストめぐり: これは事件だ 銭湯マニアがざわついた、 銭湯界の超新星「萩の湯」は何がそんなにすごいのか全力で解説します http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1709/28/news116.html |
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住所 | 台東区根岸2−13−13 |
電話番号 | 03-3872-7669 |
公式サイトURL | http://haginoyu.jp/ |
営業時間 | 6時00分〜9時00分、11時00分〜25時00分 ※閉店30分前に受付終了 |
定休日 | 第3火曜日 |