街の予定調和を壊す―「創る銭湯」大黒 健嗣インタビュー

おはなし

2018.2.8

text by 加藤友理

小杉湯の隣の「湯パート」102号室では、1ヶ月交代で様々なアーティストが入居し、創作活動をしている。銭湯の傍の住まいにアトリエ機能を持たせることで、「アーティストの活動領域とインスピレーション」をサポートしながら、地域住人とアーティストが刺激し合える新しい環境づくりを目指す。このプロジェクト「アーティストin銭湯」を担っているのが大黒 健嗣(だいこく けんじ)だ。

高円寺のアートホテル「BnA Hotel Koenji」を手がける大黒がキュレーターとなり、入居するアーティストの調整や展示会の企画を行っている。小杉湯を拠点にアートと街を結ぶ。大黒にとってアートと街にはどのような可能性があるのか、話を聞いてみた。

アーティスト・腹黒ピカソさんと102号室

居候生活で発見した「街の遊び方」

「泊まれるアート空間」。

大黒が手がける「BnA Hotel Koenji」のテーマである。高円寺北口の3階建てのホテルには2階と3階に1室ずつ、高円寺在住のアーティストが全体を彩った部屋が存在する。宿泊料は1泊約2万円。宿泊による利益の一部をアーティストに還元することで、実力あるアーティストが継続的な収入を得られる仕組みを作り、旅行者とアーティストをつなぐ新しいホテルの形を目指している。

BnA Hotel Koenjiの部屋

「もともと高円寺という街全体を大きなホテルとして捉えることを考えていたんです。駅前に位置する『BnA Hotel Koenji』にチェックイン機能を持たせて、お風呂は小杉湯、食事は近隣の個人店。1個のホテルで完結するんじゃなくて街に機能を分散させる。街全体で旅行者を楽しませる仕組みがいいなと思っています」

「さらに、一次生産者(アーティスト)に直接お金が支払われることが前提なので、作品の良さを理解した人が泊まりに来ているということ。最先端なようでものすごく原始的なんですよね」

街にホテルの機能を分散させる。世の中のホテルがこぞって提供する利便性やハイクオリティなサービスとは一線を画すその考え方に行き着いたきっかけは何だったのだろうか。

「俺はもう高円寺に10年以上住んでいるんだけど、途中からこの街のどこででも生きていけるって感覚になってきたんですよ。歩ける範囲にいろんなお店が密集していて、当たり前のようにコミュニティがあるから、初めて入った店でも『おじゃまします』、っていう気持ちになれない。『元気―?』『いってきます』みたいな笑。街全体が家のような空気だと思っていて。あるとき、自分の部屋もいらないかなと思って、居候生活を始めました。親から家を譲り受けて、余っている知人の部屋とか同棲を始めて空いた人の部屋を寝る場所にして、その代わり食器洗いとか犬の散歩とかを手伝っていました」

「仕事も食事も外で済ませるし、実際やってみたら問題なく暮らせたんです。貧乏暮らしをしようとかじゃなくて、余っているところを使う遊び方が俺の中で一番おもしろいって思い始めたんです」

高円寺に暮らしながら自身が「旅人」のような居候体験をし、今のシェアリングエコノミーに通じるような考えを「遊び」としていち早く実践していた大黒。レジャー施設に行くよりも自分のフィールドで遊び方を創ること。そこに喜びを感じていたそうだ。

縁あって知り合った、アートホテル事業を手がけるチームと大黒の「街遊び」感覚がマッチし、「BnA Hotel Koenji」はスタートした。宿泊者の8割が海外からの観光客で、実際にBnAでの宿泊をきっかけに東京滞在中のほとんどの時間を高円寺で過ごすゲストも多いそうだ。今後、「BnA Hotel」は秋葉原や京都にも進出する計画があるという。

10年後、文化の最先端を走るのがアート

アートと地域コミュニティをつなぐ役割を果たす「BnA Hotel Koenji」や「アーティストin銭湯」。大黒がアートに興味を持ったきっかけは、感銘を受けた作品やアーティストとの出会いではなく、意外にも高校の進路を決めるタイミングだったという。

高校2年生。文系・理系に分かれ、進みたい大学を教師に問われたが、当時の大黒には全く思いつかなかった。一般的な教育を受け、16歳や17歳で既にやりたいことが明確に決まっている人なんて、家業でもやっていない限り稀なのかもしれない。そこで思い立ったことは、「一番分からないことをやろう」という気持ちだった。一番分からないことに心が惹きつけられたのだ。高校卒業後、現代美術を学べる大学に進み、大黒のアートへの関心は更に深まっていった。

「ベースとなっているのは、いまウケるものよりも10年15年先の東京がどうなっているんだろう、未来のスタンダードはどうなっているんだろうという考えで、俺はアートが一番の喜びになっているのではないかと思う。今はまだアートっていうと敷居が高くてクエスチョンって人も多いと思うけど、これからは情報量がどんどん増えて、エンターテインメントが行き届いて、世の中の大半は既視感のあるものとか、想定範囲内のものになってくると思っていて。そんな時に、世の中の役にはたたないかもしれないけど自分の能動的な意思で情熱をかけてつくるもの、それがそこにしかない、ここでしかありえないものっていうものに人間は心うたれるんじゃないかな」

大黒の活動は一見してアーティスト支援と捉えることもできるが、その根底には「アートこそが将来的にエンターテインメントのスタンダードになる」という、遥かに強い信念に基づいている。

「ビルの壁画を描いたり、空きスペースで展示会をしているので、よく『日常の中にアートを共存させている』って言われるんだけど、非日常的なものが街中に平然とあるっていう状況がいいと思っている。全部を日常にしちゃったら意味ないし、そこに違和感のあることを仕掛け続けたいっていう気持ちがあるんだよね。壁画も世の中で一般的になったらもうやんなくていいと思ってて。何だこれは!?っていう違和感をずっと大事にしたい」

街を舞台に体験を演出する大黒の取り組みは、華やかに見えるが苦労の連続でもあるという。

「行政との折衝は本当に地味だし、面倒くさいことの連続。アート展をやっていると派手で面白そうってみられがちだけど、それに至る日々は地味で、マニュアルもない。やっぱりその先にもっと大きい自分の目標がないと、立ち向かっていけないと思う」

不思議なもの、見たことがないもの、理解を超えたもの。日常の中に突如出現する違和感は、街の予定調和を破壊する。だからこそ面白い。検索すればだいたいの正解が手に入る私たちの心を奪うのは、そんな違和感との出会いなのかもしれない。

高円寺の「あんちゃん」

アーティストにとって創作空間の確保は深刻な問題だ。家賃の高い東京では、空間的余裕がなく、作品のスケールダウンを余儀なくされることもある。アトリエ用に部屋を借りたり、人の家やホテルに泊まりこんで活動するわけにもいかず、気兼ねなく創作に集中できる環境を手に入れられるかどうかは、アーティスト生命に関わる問題である。そういう意味で「アーティストin銭湯」は、アーティスト側のメリットも大きい。空間的な理由だけでなく、東京での活動の拠点となり、仕事の機会や人間関係の構築にもつながっているという。実際にこれまで入居したアーティストの多くが、展示会の開催や壁画の制作など高円寺で新たな取り組みに踏み出すことができた。

「これからも能動的に何かを創りたい人がいて、そこに街というフィールドが必要な時は協力したい。面白い人と街をマッチングさせて新しいものをつくっていきたいんです」

大黒は仲間から「あんちゃん」という愛称で呼ばれる。

「満員電車が苦手なんだよね。スーツも持ってない」

高円寺を手ぶらで歩く大黒はそう言って苦笑した。旅人のようなフットワークの軽さとオープンマインド。柔らかな雰囲気を放ちながら、冷静な視点と情熱を併せ持つ。

高円寺の「あんちゃん」、ここにあり。

執筆

加藤 友理

YURI KATO

ライター、会社員

銭湯と餃子とビールがあれば幸せになれるタイプです。 広告会社でPRの仕事をしています。 初恋は映画『GO』の窪塚洋介演じる杉原です。