銭湯ぐらしの部屋より〜104号室・宮 早希枝

おはなし

2018.3.13

text by 銭湯ぐらし

ゴールをあえて決めず、個人の「やりたい」を実現するための場として始まった「銭湯ぐらし」。結果的にメンバーの数だけプロジェクトが生まれ、様々な分野に対して銭湯の可能性を提示することができました。

また、「暮らしながら参加する」というプロジェクトの形は、新しい働き方や居住スタイルのあり方としても、とても興味深い事例になりました。

そんなプロジェクトを完結させるにあたり、1年間限定の「銭湯のある暮らし」を体験した「湯パート」住人たちに、その暮らしぶりや部屋のコンセプト、忘れがたいご近所物語を聞いてみました。湯パートは彼らに何を残してくれたのでしょうか。

宮 早希枝(みやべえ)
2009年より大手広告制作会社にて流通・メーカーなどの各種プロモーションプロデュースを担当。2017年よりフリーランスとして国内のインバウンド事業およびツアー開発や、銭湯と企業のプロモーション開発を手がけている。

——銭湯ぐらしを始めるときにポンってお部屋をひとつもらったと思うんですけど、まずどう思いましたか。

壁塗りたい! と思いました。実家が転勤族だったので、自分だけの部屋を持って好きに使うのが夢だったんです。日本の住居はほとんど賃貸だし、なんでもやっていい家ってなかなかないじゃないですか。だからすごくうれしかった。

——じゃあお部屋をどんな感じにしていくか、まず壁を考えて。

何色にするかを1か月くらい考えました。

——えー!

ニトリとか家具屋さんの3D家具設置図みたいなやつがネットにあるんですけど。3Dでドラッグしてきて壁の色を決めたりとか、ずっとやってて。黄色とピンクと紺でやってみようと決めて、友達に「ゴールデンウィークに壁塗るんだけどやる?」って言ったらけっこう来てくれて。

——おもしろそうですよね。部屋全体のコンセプトはありますか?

「銭湯ぐらし」に入るとき、ずっと広告会社で働いていたので、PRのように、みんながやる活動を外に出す役割ではじめたんですね。どういう部屋のコンセプトにしようかなと考えたとき、私だけ1階だし、出窓からもドアからも入れてみんなが小さな打ち合わせとかで集まれる場所になればいいなっていうのはすごく考えました。

——ご結婚されていて、二拠点生活なんですよね。

二拠点生活もね、してみたかったんですよ。結婚してると自分だけの空間や時間があまりなくて。自分の隠れ家みたいなのがあったら超楽しそうだなって。それも欲しくてやりますって言ったんですが、今は旦那さんもここを使うし友達が来たら部屋を貸してあげるし、いいですよ二拠点生活。メリットしかない。

——へえ。

「築く銭湯」の加藤ちゃんが、「昔にくらべて家の機能がどんどん外に出て行っている」と言っていて。キッチンで食事を作る文化から外食が盛んになったり、おうちでお風呂入るのも銭湯が温泉みたいな機能をしていたり、家の中にある機能が共有化される現象が起こっていると。そのひとつとして、家にもう一個あるべき「自分だけの部屋」が外にあるような感覚で、この部屋があります。

―— なるほど。黄色、紺、ピンクの配置をとても悩まれたそうですね。

ピンクってあんまり好きじゃなかったんですけど、でも明るい色にしたくて。いろいろ撮影できたらいいなとも思っていました。「伝える銭湯」だから、みんなの作ったものを撮影してスタジオっぽく使ってもいいなと。黄色は単に好きだから黄色です。

——出来上がったお部屋を振り返ると、作ったものは大成功ですか?

じつは終わってないんです。本当はキッチンも全部塗るつもりでしたが、面倒くさくなっちゃって(笑)。塗る気だったからそこにまだペンキがあるんだけど、結局塗らないまま1年がたってしまいましたね。

——あと1か月あったら……。

あと1年くらいあったら(笑)。最後の「さようなら湯パート展」のときに私はこの部屋に(小杉湯名物の)ミルク風呂の原液を塗りたくて。原液って見たことあります?

——ないです。

ミルク風呂の原液って、すごくどろどろした白い液体で、タンクに入って運ばれてくるんですけど、それに絵具を混ぜて絵具の色を作ってみたらどうだろうと。お風呂に入った時の感情を色で表現するんです。たとえば青色だったらお風呂に入ったときのすっきり感とか、宇宙につながる感覚は緑にするとか。

あなたはどういうことをお風呂に入ったら感じますか? というイベントを最後の「さようなら湯パート展」で計画してます。1月28日以降はみんなのメッセージがここにバーっと描かれているイメージです。

——面白そうですね。お部屋で一番こだわったところやお気に入りのポイントはどこですか?

いろいろな人が入れるようにしたかったから、必要最低限のものだけにして、お茶とお菓子は常にあるようにしていました。

——確かにいま、サッとお茶を出していただきました。

私、人とお茶飲むのが好きなんです。来てくれた人がおうちみたいにくつろげるように、むしろ自分の特色を出さないようにこだわりました。

——たしかにとてもシンプルです。いろいろな方がここに来たと思うんですけど、お部屋ならではの思い出はありますか。

京都から旦那さんの友達が遊びにきたとき、自宅は二人暮らしだから寝るところがなくて、じゃあ高円寺のアパートに行こうって連れてきて、銭湯に入ってここで飲んで布団3組敷いて寝たことですかね。あとは、銭湯に入ったことのない友だちが来てくれて、銭湯に入ってからこの部屋で一杯飲んで帰るとか。「銭湯ぐらし」の小さいパッケージみたいなことを友達とできたのは楽しかった。

——「銭湯ぐらし」メンバーの方じゃない人もけっこう訪れたんですね。

そうですね。たんに銭湯から飲んで帰るのじゃなくて、この部屋があると銭湯に行って部屋で飲んでそのまま泊まれるからよく来てくれるようになって。それはよかったなあ。

——メンバーの方とはどうでしたか。

ちょっとした打ち合わせでここを使うことは多かったです。(集会場として使われている)101号室だと寒いし、上の階のメンバーたちは実際に住んでいるのであまりワイワイ入っていくのも悪いですしね。「描く銭湯」の塩谷ちゃんがよく窓から入ってきました。これ、摺りガラスだから誰がどんどんしてるのかあんまりよく見えなくて。夜中に「ドンドン! みやべえ!」とか言って。誰!? みたいな(笑)。

——第2の入り口だったんですね。

そこは1階の特権でした。小杉湯関係じゃない人はみんなドアから来てくれるんだけど、小杉湯関係の人はみんな近道して窓から来る。雨の日に、窓辺にたたずんで小杉湯の建物を見ているのが好きでした。銭湯の屋根にパタパタ雨が降り注いで。贅沢な気分になって、いいですよなかなか。今度やってみてください。アパートがなくなる前に。

——銭湯マニアにはたまらないですね。最後に、銭湯が隣にあって、いろいろな活動メンバーが隣に住むという特殊な空間で二拠点生活をされていたと思いますが、どんな感想ですか。

そうですね……、もともと銭湯は好きだったし温泉ライターとして温泉に入りに行くことは多かったのですが、同じ銭湯に週3回も4回も入ることはなくて。むかし高円寺に住んでいた時も、家にお風呂があるから小杉湯にはたまに行く程度だった。それが一週間の半分も入るようになるとだんだん銭湯の位置づけが自分の中で変わってきて。

たまに行くスペシャルなところではなく、「私の帰る場所はここ」みたいな感じになっていったのが新鮮でした。いまの仕事は国内外の旅が多いので、東京に帰ってきて自分の家のお風呂に入るのと同じような「ただいま感」が銭湯にできたのが、住んでみてよかったことです。

——日々の中に銭湯が根づいたんですね。

うん、だと思います。やっぱり週に1回とかだと、銭湯はスペシャルな場所でしかない。だけど、「銭湯ぐらし」で銭湯のある暮らしを実際にやってみると、日常の中にある大切な場所になりました。

——自然と銭湯が好きになったんですね。

「伝える銭湯」ってあまり形になるものじゃなくって。たとえばメディアに記事は出るけどそれはものとしては残ってないわけで。JTとの企業コラボはやったけれど、じゃあ実績はあるかというとまだまだ生まれていないものもあって。

私にとって「銭湯ぐらし」してよかったと思うことは、生活の中で銭湯の存在価値にきちんと言葉をつけられたこと。「生活の余白を作るための場所」だったり「帰ってきて頭を整理するための場所」だったり。そういう時間を一日の中で持つことはすごく大事なんだなっていうことにも気づけました。

執筆

銭湯ぐらし

SENTOGURASHI

この記事は銭湯ぐらしのメンバーが執筆しました。