銭湯と暮らす若者たちー小杉湯の「銭湯ぐらし」からみえる景色(後編)

おはなし

2017.11.12

text by 加藤友理

アパートの取り壊しがきっかけで始まった「銭湯ぐらし」。昨年10月にサラリーマンを辞めて小杉湯三代目を継いだ平松佑介は銭湯経営をどう考えていくのか。そこには前職でつちかったボトムアップ型の経営思想があった。

サラリーマン時代に活きた 銭湯育ちのコミュニケーション力

平松佑介は1980年、三人兄弟の長男として生まれた。小さな頃から遊び場だった小杉湯で、毎日入れ替わり立ち替わりやって来るお客さんにかわいがられて育った。

「親から銭湯を継げなんて言われたことは一度もないですね。でもまわりが言うんですよ。『看板息子』とか『三代目』とかって。だから自然と継ぐものだと考えるようになりましたね。ある意味洗脳に近いですよね」と笑う。

小杉湯と家族が好きだった平松にとって将来的に家業を継ぐことに迷いや反抗心はなかったという。

まずは社会人経験を積みたいと考え、大学卒業後に選んだ進路は、ハウスメーカーの営業。将来の銭湯経営に不動産知識が役立つと考えた。

自分には時間が限られている。早く評価され、一人前になりたい。売上の良い先輩をつかまえては、徹底的に営業の姿勢を学んだ。努力は実を結び、入社4年目、最年少で全国トップの営業成績を達成した。年間平均販売棟数4棟に対して、その年平松が売った家は14棟。いかに新規の客をとるかに腐心する営業が多い中、平松は成約後のお客さんとの交流を欠かすことがなかった。結果的に平松の客が客をよび、仕事は軌道に乗っていた。

しかし銭湯を継ぐ前の限られた時間で複数の業界を経験したいという想いが強くなり、30歳になったタイミングで退職を決意する。それから人事コンサルティング会社出身の友人とともに新会社「ウィルフォワード」を起業した。いずれ家業を継ぐのに転職活動をすることは難儀だと覚悟していたので、友人からの起業の誘いは渡りに船だったが、畑違いの人材・経営の世界は、刺激的でありながらもハードな日々だった。

クライアントは従業員平均年齢56歳の大手タクシー会社。新卒タクシードライバーの大量採用に携わり、タクシー業界のイメージ変革を目指し、奔走した。

企業の課題に対峙していく中で、平松は新しい価値観を発見する。

「どうやったら人がいきいきと働けるのかを考えたときに、企業の理念やビジョンからピラミッド型で社員のモチベーションをつくることに限界を感じたんです。例えば研修。結局、会社から管理・強制されていると思うと社員はモチベーションが下がってしまいます。そこに社員自身の志があるかどうかが肝心なんです」

アメリカの一部の企業で、社員全員が役職を持たず、上司・部下の関係が存在しない「ホラクラシー」という経営スタイルが存在する。日本の縦社会とは異なり、社員の自主性を尊重し、社員が実現したいことを会社がサポートする。内発的な動機で動く社員はモチベーションを高く維持しながら働くことができる。

ウィルフォワードの経営のベンチマークとなった海外の経営事例に平松は深い感銘を受けた。

「個人の志を組織がかたちにしていく。これは今の銭湯ぐらしの運営にも通じるんですよね。メンバーにも最初に伝えたんですが、小杉湯とマツミコーポ、そこに集まる人のつながりを使って自分が実現したいことをして欲しいんです」

不動産営業時代から一貫することは人と対話し続ける姿勢だった。クライアントの志にとことん向き合い続けた平松は、40歳を前に、自身の志を改めて問いかけた。

きっかけとなった娘の一言 追い求めた理想の父親像

実際に銭湯を継ぐきっかけとなったのは4歳になった娘つぐみの一言だった。

親子で音楽フェスに出かけ、丸一日遊んだ後「パパ、会社行かないでね」と無邪気に放たれた一言に打ちのめされた。娘が起きる前に家を出て、娘が寝ている時間に帰宅する。毎日仕事に没頭するあまり、いつしか娘が寂しい想いをしていたことに気がつかなかった。平松自身、小さな頃から家に両親がいることが当たり前の環境で育ったため、帰ってくる子どもを迎える父親こそが、理想の父親像でもあった。

昨年37歳になった平松は両親にいよいよ銭湯を継ぐことを伝える。正式な後継ぎができたことで66歳になる父親はほっとした様子で「そう思ってくれて嬉しいよ」とこぼした。

三代目としてのはじまり 高円寺の小杉湯になりたい

銭湯の経営は体力的に過酷だ。朝8時から脱衣所の掃除や備品の補充を行い、湯の洗浄をしてから2時間をかけてためる。開店中の午後3時半から深夜1時45分までは、番台に立つだけではなく、日に2、3度はタオルを洗うために洗濯機を回し、打ち合わせや取材対応もこなす。忘れ物やお客さん同士の喧嘩、盗難などトラブルに対応するときもある。

閉店後はアルバイトが浴槽掃除を行っている間、入金確認作業や商品補充をし、すべての仕事が終わるのは朝の4時近くになる。定休日は週に一度。大みそかまで開けて、元旦のみ休む。

「毎日眠いですよ」

インタビュー中も会話の途中であくびをかみ殺す姿があった。

「家族だけで経営していくことには限界があると思っています。世の中には朝風呂の需要もあるし、本当は朝から開けて、定休日もないほうが経営としては安定しますよね。ゆくゆくは小杉湯を法人化して、従業員を雇って、高円寺の小杉湯として経営していくことを考えています」

平松は「高円寺の小杉湯」という言葉をたびたび口にする。祖父や父が築いてきた小杉湯と高円寺の人々との深いつながりを実感し、銭湯が「街の価値を高める」ハブになるという強い意志を感じとれた。

銭湯の次の一歩 志高き仲間と幸せな生き方伝えたい

「銭湯ぐらし」の取り組みは衰退する銭湯業界にとってひとつのきっかけになるだろう。それどころか銭湯という枠組みさえ超え、新しい働き方や住居スタイルとしてひとつの道筋を示す可能性すら感じる。

「一年後、結果的にこのプロジェクトがどうなっているのかはわからない。小杉湯だけで銭湯減少が食い止められるとも思わないです。ただこのコミュニティがあることで銭湯の新しい経営のあり方とか、人の幸せな生き方を伝えていきたいという気持ちがあります」(平松)

来年の2月。マツミコーポは取り壊され、小杉湯の次の計画が始まる。新しくできる平松家の隣に、コインランドリーを起点とした地域コミュニティを構想している。アメリカで若者が最も住みやすいといわれるポートランド(ニュースメディア「Vocativ」が調査)のコインランドリーに倣い、カフェのようなつくりにすることで、住民が気軽に立ち寄って集う場として機能させる。

入浴を超えた銭湯の価値、そして洗濯を超えたコインランドリーの価値。

高円寺の小杉湯は未来へと大きく舵を切った。

 「銭湯ぐらし」のメンバーに平松の印象を尋ねると、すぐさま「ピュアでまっすぐ」「人を疑わない」「性善説の人」といった言葉が返ってきた。なるほどたしかに、平松はメンバーたちを信じ切っている。どこまでもメンバーの想いを尊重し、応援する。平松が目指す銭湯の「全員経営」。その原点には小杉湯とそのファンへの信頼が存在する。

時代のうねりとともに変化し始めた銭湯の姿。エネルギッシュなカルチャーと伝統が共存するこの街で、来年の今頃、小杉湯三代目にはどんな景色が見えているのだろうか。(文中敬称略)

執筆

加藤 友理

YURI KATO

ライター、会社員

銭湯と餃子とビールがあれば幸せになれるタイプです。 広告会社でPRの仕事をしています。 初恋は映画『GO』の窪塚洋介演じる杉原です。