「小杉湯フェス(第1回)」ライブリポート

できごと

2017.10.29

text by 稲泉広平

高円寺駅北口を降りて純情商店街を抜けて庚申通り商店街へ、そこからちょっと歩いて左へ一本路地に入ったところに小杉湯という銭湯がある。

地元高円寺に根ざした銭湯で、お年寄りはもちろん、近所に住むバンドマンからサラリーマンまで、多種多様な人達でいつも賑わっている。

ミュージシャンの江本祐介は毎月、この小杉湯の営業時間前に自分の好きなミュージシャンを呼んで、弾き語りイベントをしている。ブッキングからチケットの予約、当日の準備までほとんど江本ひとりでこなす、のんびりとしたイベントだ。

5月4日は小杉湯の定休日なので、丸一日小杉湯を貸し切ることができる。これ幸いにと総勢7名のミュージシャンが参加する『小杉湯フェス』が開催されることになった。

「小杉湯フェス」フライヤー

出演者は江本祐介、℃-want you!(Magic, Drums & Love)、井手健介、畳野彩加(homecomings)、ワトソン(どついたるねん)、中川理沙(ザ・なつやすみバンド)、夏目知幸(シャムキャッツ)。フェスの名に違わぬ豪華な面々。

イベントを運営するのが「銭湯ぐらし」のメンバーだ。

当日受付をする銭湯ぐらしの面々

「銭湯ぐらし」彼らは小杉湯の隣りにあるアパート、通称「湯パート」で暮らしている。「湯パート」には風呂がない。

風呂なしアパートと表現したら「いやいや、銭湯つきアパートです。サイコーじゃないですか?」と訂正される。

なるほど、確かに湯パートに住む「銭湯ぐらし」の住人たちは自宅のような気軽さで小杉湯と自室を行き来しているし、アパートに住む住人同士は「隣人」というより「ひとつ屋根の下」ということらしい。つまり、『小杉湯フェス』は銭湯ぐらしの面々が自分達の家でやるホームパーティ、というかホームフェスなのだ。

高円寺麦酒工房は「小杉湯フェスビール」も提供
妄想インドカレーネグラ

当日、ちょっと早めに着くと、すでに地ビールを提供する「高円寺麦酒工房」とフェス飯として出店している「妄想インドカレーネグラ」が準備をしている。特にやることもないのでカレーを食べ、ビールを飲む。細部までフェスたらんとする意気込みが楽しい。

銭湯ぐらしの面々は、文化祭当日、といった雰囲気で楽しそうに駆け回っている。

ひとり江本だけが、緊張か疲れからかなのか、青い顔をしながらみんなに指示をしている。

日本一銭湯で歌っている(かもしれない)江本祐介

江本祐介

イベントのトップバッターはその江本だ。ギター一本持って、浴槽と富士山の絵を背景に歌い出す。

いまでこそ作曲家としてラップやCM曲、ドラマのBGMまでこなす江本だが、弾き語りが原風景にあるのだろう。とてもおさまりがよい。のんきな調子の江本の優しい歌声が銭湯の反響によく合う。もしかすると日本で一番銭湯で歌っているミュージシャンなのではないだろうかとぼんやり思った。

江本はこれからもしばらくは毎月好きなミュージシャンを呼んで小杉湯で歌うそうなので、気になった方は足を運んで欲しい。

ライブが終わると、顔色はすっかりよくなって、好きなミュージシャンしか出演しないから楽しみだと心底嬉しそうに笑った。

期待の新鋭℃-want you!

℃-want you!

男性ミュージシャンは男湯、女性ミュージシャンは女湯で歌う、というコンセプトのため、女湯に移動すると、しばらくして℃-want you!(シー・オンチュ)がフルーツ牛乳片手に登場。湯船のふちにちょこんと腰掛ける。

懐かしい調子の片思いの歌が始まる。すこし舌足らずでハスキーな声に銭湯で女の子の歌を聴いている、という状況も相まってなんだかやたらとセンチメンタルな気分になってくる。

恋に振り回されている歌の中の男の子に感情移入する、というよりは懐かしむ感覚。

「お風呂で歌うのちっちゃい頃すごい大好きだったんですけど、お母さんに声全部聴こえてるよって言われて、それ以来歌ってなかったんで今日はすごく嬉しいです!」

℃-want you! は11月3日に満を持してのソロデビューが控えているそうなので気になった人はチェックしてみて欲しい。

井手健介の面妖なステージ

井手健介

続いて男湯では、井手健介が登場。

鈴の音が鳴って、急に空気がしんとしまる。残響が消えた後、輪郭のぼやけたクラシックギターの音が煙みたいに充満する。神秘的、という言葉が頭に浮んだ。

小杉湯で歌ったミュージシャンはみんなその響きのよさに驚く。そして、かなり天井の高いドーム状の空間からか、教会に似ていると指摘する人が多い。そもそも小杉湯はすこし寺院めいたところがある。

なんでも昭和初期に建てられた銭湯には宮大工の意匠が凝らされていることが多いらしい。

普段銭湯として利用している時はあまり気にしないけれど、昭和8年(1933年)創業の小杉湯も例に漏れず荘厳な宮造り様式が随所にみられる。

井手のパフォーマンスはそんな小杉湯の祭祀的な磁場を存分に引き出していた。単に神聖な感じというわけでもなくて、どちらかというと妖怪でも引き連れていそうな雰囲気。

粛とした美しい曲から面妖で摩訶不思議な曲まで行ったり来たりしているうちに、どこにいるのだかわからない、ぼんやりした気分になってくる。

朝から飲んでいるビールの影響も、たぶんある。

温泉街育ちの畳野彩加

畳野彩加

続く畳野彩加はよろしくお願い致します、と手短に挨拶を済ませ、すぐに歌い始める。遠くから響いてくるような、思い出の中から聞こえてくるような不思議な声だ。

homecomingsと銭湯はちょっとイメージが遠いように思っていたけど、実は畳野は温泉街育ち。「総湯」という公衆浴場に毎日浸かっていたそう。

「普段は英語の歌詞で歌っているので弾き語りの時は日本語で歌えて楽しいです」といって平賀さち枝の「夏風邪」を披露。日本語で歌うといつもの声の響き方が違って聞こえる。ちょっとコブシがきいているからかもしれないけれど、歌姫、と形容したくなるような力強い響きがその中にあったことに驚かされる。

ワトソンの集中力

ワトソン

休憩を挟んでワトソンが登場。口早に自己紹介をしただけで客席に笑いが起こる。

そんな笑いをよそにワトソンは矢継ぎ早に曲を披露していく。

素明かりの下の弾き語りなので演者の表情がよく分かる。

ワトソンは観客を夢中にさせる稀代のエンターテイナーだけれどその集中力はあくまで内に、内に向いているのだろうなと思った。こちらを楽しませようと狙っている意識は感じられず、ただ最高のステージにするために、必死に歌ったり話したりする。その様子に笑ったり胸を打たれたりする。

「ここで、スペシャルゲストが来てくれています」といって、夏目知幸を呼ぶ。

笑いが起こる客席をよそに、登場した夏目がワトソンとガッと握手を交わす。

ヒーロー集結、という雰囲気にグッとくる。

『dotsu TRIBUTE SPIRITS』というどついたるねんのトリビュートアルバムでシャムキャッツがカバーした「GACHI」を2人で演奏し、盛大な拍手の中、片手を上げ夏目が去る。

「ここで、もう一人スペシャルゲストが来てくれています」という言葉に江本祐介が所在なさげに登場し、また笑いがおこる。

同じくトリビュートアルバムで江本がカバーした「遠浅の部屋」を演奏。

コラボレーションが終わると、また次々に曲を披露。

夢中で演奏していたためか、出演時間を軽くオーバーしていた。

中川理沙のしっとりとした演奏

中川理沙

ピアノを弾いている印象が強い中川が、アコギを持って登場した。

流れるようなアルペジオと優しい歌声が銭湯に響く。

日が暮れてきて、天窓から注いでいた光が赤みを帯びる。

観客は耳を澄ますように歌声を聴いている。

風呂に浸かりながらライブを聴いたら最高だろうなあ、とついつい妄想が膨らむ。

バンドだとアップテンポで明るい調子で歌われる「せかいの車窓から」がしっとりとしたバラードとして響く。

名曲の別の側面が知れるのも弾き語りならではの楽しさだ。

夏目知幸は少女漫画からとびだしてきたみたいだ

夏目知幸

そして、トリの夏目知幸がビール片手に首にタオルを引っ掛けて白いTシャツという、近所の兄ちゃんひとっ風呂スタイルで登場。

ステージのない銭湯、アコギ一本で身軽ということもあってか、水の張っていない浴槽に入ってみたり、ファンの女の子の隣に腰掛けたり、そこら中歩きまわって心底楽しそうに歌う。やんちゃな様子とロマンチックな歌声のギャップが嘘みたいに格好いい。

「銭湯、大好きです。銭湯ってのはあんまり長居しちゃだめなんです。パッと入ってサッと出る。これがいいんすよね」

実際、スタジオ練習やレコーディングの前には銭湯に寄ってサッと体を清めるらしい。

トリということでアンコールの声がかかって再登場した夏目は「なんか聴きたい曲ありますか?」っと客席の女の子に尋ねる。

すかさず最前列で聴いていた女の子が「マグロと泳ぐ日」をリクエストする。「よく知ってますね、そんな曲。よし、やりましょう」と言ってちょっとコードを確認してから歌い出す。

揺るがない気持ち たったひとつだけ僕は君のことずっと好きでいれるだろうか

夏目の甘い声によくあった、ストレートなラブソングだ。

ソロアルバム『RATS』に収録されているらしい僕はこの曲を聴いたことがなかったのだけど、折に触れて聴き返すことになる気がした。この日小杉湯で聴くことができて本当によかった。

ライブが終わって外に出ると、とっぷり日は暮れている。

風呂には入っていないのだが、いい音楽で頭の中をいっぱいにしたふわふわした心地は、まさに銭湯帰りという感じだ。まわりでは出演者や観客が飲みに行こうかなんて話しながら三々五々高円寺の町に消えていく。ビールが飲みたくなって、僕も駅の方へ歩き出した。

(写真:中村佳代子、菅谷真央)

執筆

稲泉 広平

KOHEI INAIZUMI

江本祐介の友達。銭湯やサウナに生きる力をもらっている。