生活と創作は表裏一体 「演じる銭湯」藏下右京×渕上夏帆インタビュー

おはなし

2018.1.8

text by 雨田宇以

12月上旬に、湯パート103号室で藏下右京×渕上夏帆による実験的演劇「銭湯ぐらし」が上演されました。舞台は6畳ほどのワンルーム。演じる場、音響装置、客席がすっぽり収まり、演じ手の呼吸ひとつひとつが伝わってくるような緊張感と高揚感にみたされた空間でした。本記事では、全6回の公演を終えた2人に、1ヶ月間銭湯のとなりに住みながら演劇を創作してどんな変化があったのかをじっくり聞いていきます。

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創作演劇「銭湯ぐらし」

脚本・演出
渕上夏帆
演者
渕上夏帆、藏下右京
映像・音響
三谷佑樹(押入れの上段にて)
あらすじ
無表情にリンゴをかじりながら温冷浴の効能を何度もくり返し話す女。「コンセント、コンセント……」とつぶやきながら壁をまさぐり続け、ときおり襲ってくる異臭におしつぶされていく男。どうやら男は「10歳のときに出会ったあいつを探している」らしい。一見無秩序な2人の行動が、終盤に光の中で交錯する(出会う)ことで物語は意外な方向に展開していく。

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日常の幸せに罪悪感があった

脚本・演出を担当した渕上夏帆

――難しい内容でしたが、だんだんと生活と創作の対立を表現していることがわかっていく、丁寧なお芝居でした。

渕上夏帆(以下、 渕上) ありがとうございます。劇中で「ゲシュタポゾンビ」という言葉がたびたび出てきますが、あれは「ふつうの人」のことです。日常生活に囚われた人は、ゾンビになると考えていたんです。でも、「銭湯ぐらし」に参加してそれが変わった。毎日銭湯に入る生活を生まれて初めてしてみたら、すごく幸せだったんです。私が毛嫌いしていた「生活」や「日常」はまぎれもない幸福だし、ゾンビでもなんでもなかった。自分がそう決めつけていただけで、そこにはちゃんと幸せがあった。そのことに気づかせてくれたのが銭湯であり、今回の創作です。

――冒頭のセリフに「そこには青白い顔なんかしてるやつなんか一人もいなかった」とあったのは、銭湯のことですよね。

渕上 はい。「青白い顔」には重要な意味が込められています。私はふだん小杉湯で深夜清掃のアルバイトをしているんですが、夜中に浴室を掃除しているとなんだか祭りのあとを片づけている気分になるんですね。

――祭りのあと、ですか。

渕上 みんな湯上がりは幸せそうな顔をして帰っていくし、羨ましいなって。銭湯に来る人たちって、生活に寄り添って生きる「ふつう」の方たちですよね。かたや私は生活そっちのけで演劇しながらアルバイトで生きている状態。なかなかしんどくて、このしんどさが報われるような創作が出来ないんだったらもうやってられないわ、と思って生きていて。反骨心でしょうか、ふつうに暮らして幸せそうにしている人を見ると、軽蔑とは言わないまでも「私はそっちにはならないよ」って反発して。

――なかなかしんどいですね、それは。「世界の表と裏」というセリフも印象的ですが、銭湯が表と裏の架け橋になった?

渕上 そうなんです。それが不思議なことに、銭湯は創作のプラスにもなるし日常のアドバンテージにもなるんです。そういう場所があったなんて知らなかったのですごく新鮮で、お米の炊けるにおいに幸せを感じることにも罪悪感が消えたんです。「この幸せがむしろ私の創作意欲を掻き立てるんだ!」って。お湯に浸かってほっとするように、日常のほんの少しのことで幸せを感じたっていいんですよね。それで創作が駄目になるわけじゃない。

――日常に罪悪感を持っていたんですね。

渕上 当初、脚本の企画書には「私にとって生活と創作は水と油です」と書きました。2つは絶対に交わらないと思っていたけど、そうではなく表裏一体だったとだんだんわかるようになった。生活を充実させることで、創作もいい方向に向かって行ったから。ふたつセット。だから世界の「表」と「裏」というセリフを書きました。銭湯ざんまいの1ヶ月がなかったら、気づかなかったかもしれません。

銭湯と湯パートを行き来する日々

手段を知るか知らないかってすごく大事

――今回、演劇を創作するにあたって銭湯ぐらしのメンバー5人にインタビューしたそうですが、印象的だったコメントはありますか?

渕上 それぞれとても印象的です。〈創る銭湯〉の大黒健嗣さんには、クリエイターという同業者視点から「道に悩んだ時に何を決め手に進んできたか」を聞いてみたんです。そしたら、宇宙人になって考えると。「え? どういうことだ?」と(笑)。それは、2011年の震災を目の当たりにしたことが大きかったそうで。宇宙に住む未来人の気持ちになって、彼らが感謝するものを残して行けるかどうかが自分の生きる道だと考え、判断基準にしているそうです。大黒さんも生活と創作が相反して悩んだ時期があったそうですが、やっぱり生活は幸せなものだと認めよう、と年齢を重ねて感じるようになったと。

――おもしろいですね。

渕上 〈歌う銭湯〉の江本佑介さんはミュージシャンなので、暮らし方に興味があって「生活に必要なものは何ですか」という質問をしてみました。そしたら「圧倒的に余裕のある暮らし」だと。時間でも、金銭面でも、人間関係でも余白のある生活が絶対に大事で、その余白の中でもくもくと考えるそうです。〈起こす銭湯〉の伊藤直樹さんは、日常の人間関係が忙しいとおっしゃっていたのが印象的です。以前は会社の寮に住んでいて、会社でも家でも同じ側面の顔しか見せなかったそうで。だから「銭湯ぐらし」に来て色々な職種の人が「銭湯が好き」という気持ちだけで活動するのを見て、「自分が楽しい」で動く感覚を思い出したそうです。で、休日にコインランドリーの前に座ってぼーっとしながら自分を取り戻していく。その時間が仕事をする自分に力を与えるんだ、と。

――忙殺されているとなかなか気がつかないところです。

渕上 〈築く銭湯〉の加藤優一さんは「銭湯がコミュニケーションの量を調節する場所になっている」と。会社ではコミュニケーション過多になることがよくあるけれど、とは言え1人でずっといるとコミュニケーション不足になる。銭湯に行くとほどほどの共有感を調節できて、救われるそうです。面白いですよね。みなさんにインタビューして、気づくことは多かったです。

――演劇と生活の幅がひろがったんですね。

渕上 そうですね。自分がどの手段を取るにしても、知るか知らないかってすごく大きい。創作をするからには尖ってなきゃいけないと反骨精神で生きている人もいるし、私は最初それだったんですけど、でもそうじゃなくてもものを創れるんだというのは大きな気づきでした。今回は本当にのびのびとやらせてもらいました。

ひねくれつづけた13年間

――渕上さんはいくつの時から演じることをやってらっしゃるんですか?

渕上 10歳からです。じつはそのことで、今回もう一つ大きな発見がありました。

――どんな発見でしょうか。

渕上 劇団に入ってまず言われたのが「舞台は神聖な場所です。ふつうの小学生はここにはいりません」ということだったんです。当時小学4年生の私はもうガーンと洗礼を受けて「ふつうじゃいけないんだ。ふつうじゃないってなんだ?」と。そこから私のひねくれ13年間が始まりました(笑)。

――たとえばどんなひねくれを(笑)。

渕上 中学校でみんながカラオケに行き始めた頃「私はそういうのしないけど」って斜に構えてみたり、高校生の時は「絶対に友だちとディズニーランドなんか行かない」とか。これをしたら、創作の方にいたい私が壊れてしまうんじゃないかと割とつねに考えていて。あっち側にはいられなくなるんじゃないかっていつも心配していました。でも、13年間ずっと私を縛り続けた言葉は、ほんとうは違う意味だったんだと今回ようやく気づいたんです。あの時、劇団の先生は「これをしてもいいけどこれは駄目」と白黒つけさせたかったわけじゃなく、それこそ「炊飯器のにおいが幸せだ」と思う感覚こそいつも研ぎすませていなさいということだったのかな、と。

――すごい。13年間もちつづけた価値観がこの1ヶ月で変化した。

渕上 友だちと一緒にいて「楽しい!」と思った瞬間でさえ「いやいや楽しんじゃだめだ」と自分を否定してきたんです。でも、楽しいという感覚をもっと観察して生きていくほうがいいじゃんという考えにこの1ヶ月であっさり変わりました。お風呂って偉大ですね。今回の「銭湯ぐらし」のセリフにあった「10歳のときに出会ったもの」はもうおわかりのように演劇のことですけど、この先も私の線路になっていくんだろうなという感覚はつねにあります。

「日常が幸せなら演劇やらなくてよくない?」

――蔵下さんは今回演じてみていかがでしたか。

藏下右京(以下、藏下) ぼくの場合、渕上より少し早く創作への迷いが来て。ぼくは大学から演劇をはじめて今年で5年目になるんですけど、とにかく演劇にどっぷりハマってしまいまして。4年間ぐらいあまり休憩を取ることもなくフルで活動していたんです。でも今年の2月に、このユニットの第2回公演が若手演劇人を支援するプロジェクトに選考されて下北沢で上演したのですが、それ以来疲れたというか急にプッツリ切れてしまって。3月は家か図書館ばかりにいて人とも喋らずいたら、うつっぽくなってしまいました。その時はじめて自分が演劇をやっていくということに疑いが出てきたんです。「本当にやっていけるのか? キツくないか?」と。そして半年くらい演劇から離れてふつうに生活する中で、日常も楽しいじゃんって気づいてしまったんです。

約半年ぶりに演劇に復帰した藏下右京さん

渕上 「日常が幸せなら演劇やらなくてよくない?」って言う人もいるしね。

藏下 無理やり続けるくらいなら、正直もう演劇をやめようと思った。でも、夏ごろに早稲田の劇団に誘われて、そして10月に渕上に「銭湯のとなりに住みながら劇を作らないか」と誘われてまた演劇を再開していくうちに、やっぱりすごく楽しくて。結局はその時にやりたいことをやればいいんじゃないかと割り切るようになった。楽しいなら全部やればいい。欲張りなんですけどね。色々考えて就職もすることにしたんですが、それはけして悪い意味合いじゃなくて、働くこともするし、演劇もアマチュアではなく本気で両輪でやっていこうと。創作も生活も愛するというか。

渕上 好きなものは好きだからしょうがないじゃんって、発見だったよね。

藏下 実際に「銭湯ぐらし」で湯パートに暮らして教えられたことが多くて。渕上が好きなごはんの炊ける匂いもそうなんですけど、稽古していく中で日々当たり前にかいでいる匂いに敏感になれたんです。自分がコーヒーを入れる匂いが好きだって、この1ヶ月ではじめて自覚しました。

――へえ。

藏下 ご飯なんて毎日炊くから忘れていたんですよね、好きとか嫌いとかの感覚を。それと脚本担当の渕上から「生きるって何だと思う?」とかぐいぐいインタビューされて考えざるを得なかったのもあります。「えーいきなりそんな事聞かれても」と(笑)。

渕上 人って機会がないと考えないから。ふだん考えないことを考えるようになるのが江本さんの言う余白のある暮らしなんだなあと思うし、その機会が銭湯ぐらしだと思う。自分自身と対話しないと気がつかないことって、たくさんありますよね。

藏下 ぼくは銭湯のカラン前がお気に入りになったんです。日ごろ鏡の前にじっくり座る機会って意外とないじゃないですか。朝も10分とかでバタバタ出ちゃうし。鏡ごしにじっくり自分と対面するのはなんか面白かったなあ。

渕上 わかるわかる。ああ、今こんな顔してるんだなって思ったりね。

――今回、演出を1週間前にがらっと変えたとのことですが、それも生活に対する考えの変化からですか?

渕上 当初の脚本では、劇中でごく自然に出会った2人が会話をしながら話が進むわかりやすい展開でした。でも、「出会う」シーンがじつはものすごく重要だとこの暮らしをしてだんだん感じるようになって。「銭湯ぐらし」がもたらした恩恵って、自分と対峙する時間なんです。それが、「出会う」ということだった。じゃあ「出会う」シーンに注目を持っていくためにいちばん効果的な見せ方はなんだろう? と考えに考えた答えが、一度劇の流れを停止させることでした。終盤に2人が冷蔵庫の中に入っていくシーンです。

終盤で2人が「出会う」瞬間

藏下 はじめは20ページ以上あった台本を急きょ12ページに削り、それまで練習してきた会話シーンは全カット(笑)。やっぱり最後は飛ばそう! って合意して。

渕上 それこそ銭湯に浸かる毎日によって感覚で訴えかけるものへの信頼度はぐんと上がりました。湯船を同じくする人との共有感だったり、空気感だったり。だからこその挑戦でした。お客さんを信じることが出来たんです。「難解だけど、きっと大丈夫」と。

藏下 せまい6畳で、お客さんと一緒の空間や時間があれば伝わるはずだと。

渕上 言葉にはできない、言葉を超えた何かを共有できればという気持ちで作りました。話の筋という筋もない中で、お客さんと一緒に場を立ち上げていきたかった。

――なるほど。それで序盤に抽象的な反復があったんですね。1回だけなら理解できないけど、繰り返すとだんだんわかってくる。

藏下 そうですね。ゆっくり立ち上げていって、最終的に一つに繋がるように出来ればいいかなと。

嘘をついたらすぐバレる

渕上 もう……圧倒的に、難しかった今回は。

――実感こもってますね(笑)。

渕上 お客さんの感情が離れていくのが演じながらすぐにわかりました。私もそうですが、人間は理解できないことが起きたときに一瞬スッと引いてしまう。少しわかりにくい表現のときに「あ、今お客さんの意識が離れた」と。毎公演後、どこでお客さんが引いていたかを分析して修正して。失敗する回があっては絶対にだめだから。

藏下 台詞さえ言えばいいという、情報を積み重ねていく劇はやりやすいんだけどね。

始終繰り返される印象的なシーン

渕上 そう。今回のような抽象度の高いものはお客さんに拒絶させてしまう危険がある上に、たとえば誰かが「ドンっ」て足音立てただけでそこまで作ってきた緊張感や世界観がパンって壊れてしまう。本当にむずかしかったです。

藏下 劇場よりも、観ている人が飽きてきたタイミングもはっきりわかるね。

渕上 この近さなので(笑)。いつもはもっと観客から遠いので、誤魔化せるといえば誤魔化せるんです。演者がふと集中が切れたとしても、客席からはわからないんですけど、さすがに6畳の近さだとすぐにバレますね。今回はお客さんにとって挑戦を与えてしまったと思います。演じる側、観る側が一緒に劇を作っていく感覚でした。

藏下 お客さんと呼吸が合っていないときは焦りました。

――そういう時は演じながらどうリカバリーしていくんですか?

藏下 結局、起こっている状況をあるがまま受け入れることが大事で。たとえばお客さんが咳をしてももちろん直接反応はしないけれど、「いま咳したのをわかっているよ」という雰囲気を出すというか……難しいんですけど、それも含めて空間を創る。音が生じたらほんの一瞬待つとか。その場その場で起きたことを拒否しない。

渕上 対話と同じだよね。「自分との対話」が今回のテーマでもあるけど、相手の呼吸、お客さんの反応をみて自分も喋りだすキャッチボールを毎回毎回実験していたと思う。いま引いた、とか今集中してる、とか。

藏下 そうそう、「あれ。意外と今日のお客さんついてきてる……?」とかね。

渕上 でも「いける」とか、目の前にある劇と違うことが頭によぎってその場で嘘をついた瞬間に、お客さんの意識がやっぱりサーッと引いていって。「ごめんなさい、嘘ついたのバレてる〜〜」と集中し直して。

藏下 お客さんは正直だよね。

渕上 「私はこういう演劇をする人」っていう鋼の制服を脱いで、お客さんと当意即妙で一緒に創っていく難しさと、そしてなにより面白さを今回教えてもらいました。それと、今までは藏下と毎公演後にものすごい喧嘩をしていたんですが、今回はぜんぜんそれがなかった。相手の意見を受け入れる余白のある生活を送りながら、あたらしい関係性が築けたと思います。もちろん、お米の炊けるにおいが大好きだと胸をはれるようになったのも。

藏下 1年に1回くらい、こういうことが出来たらいいですね。

 

2017.12.4(月)小杉湯にて

執筆

雨田 宇以

UI AMETA

本の編集の仕事をしています。朝と夜はだいたいTBSラジオを聞いています。好きなタイプは夏目漱石と菅田将暉。